トキとカメラと農業を生きがいに・後編

~知られざる佐渡の人とトキと農の物語~
佐渡市小野見・大谷明さん(91歳)

前編からの続き)

小野見でトキの写真を撮りながら長年農業を続けてきた大谷明さん。
後編では彼の米づくりの取り組みを紹介します。

なんといっても91歳という年齢に驚かされます。若い頃に父親を亡くした大谷さんは早い内から家業の農業を継ぎました。
1年に1回しかできない稲作も彼の場合はすでに60回以上。
子どもの頃から手伝っていたので、それも含めると80回以上になります。

毎日足しげく田んぼや畑に通い、愛情込めて作物の世話をする、その姿は農家の模範。特に稲作には特段のこだわりがあり、高齢でありながら妥協しない栽培に努めてこられました。

昨年の夏はかつてないほどの極端な高温に見舞われました。佐渡を含めて県内全域でほとんどの農家がお米の品質を大きく落としました。しかし、驚いたことに、大谷さんの米は他より抜きん出て良い成績をおさめられたのです。

トキをこよなく愛する大谷さん。その愛情は稲や田んぼにも同じくらい注がれているのです。
そして、人より熱心に田んぼに通い、一生懸命作業をするからこそ、そこにいるトキに出会う機会が多いのです。

大谷さんの田んぼの面積は1.4ヘクタール。あぜはとても長く、大きいです。

海に向かって続く急傾斜の田んぼの作業は危険を伴います。
平野の田んぼで作業するよりかなり負担が大きいです。

大谷さんはその作業をほとんど1人でこなしています。
90歳を越えているとは思えない超人的な働きぶりです。

いつもやさしい大谷さん。
けれど、そのまなざしの奥には強い力を秘めています。
農作業をするときの真剣な顔つきと無駄のない動きは、厳しい自然を相手に先祖代々土地を守ってきた農家ならではのたくましさを感じずにはおれません。

そんな大谷さんの稲作も残念ながら今年で終わりにすることになりました。「最後の稲刈り」を立ち会わせていただきました。

すっきりと晴れ渡った秋の空がとても気持ちが良い午後でした。
深い青色の海と段々田んぼと黄金色の稲。
すばらしい景色です。

田んぼに行くと大谷さんが忙しそうにコンバインを走らせていました。

田んぼのクセを読みながら、大きな機械を自在に動かし、なびいた稲を巧みに刈っていきます。
田んぼの四すみの稲株は鎌でていねいに刈り、ぬかるむ田んぼの中を足を取られることなくすっすっと歩き回りながらながら運び、脱穀していきます。

繰り返しになりますが、90歳を越えているとは到底思えない、すばらしい働きぶりです。

コンバインのタンクがモミでいっぱいになると、軽トラのタンクに移しかえます。

そして軽トラを運転して山をおり、もみを納屋の乾燥機に入れていきます。

それが終わると、再び山の棚田にあがって、コンバインを動かして稲を刈ります。


こういった作業の繰り返しをすべて1人でやっておられました。本当にすごい人です。

少しずつ夕暮れが迫り、まわりの農家は作業を止めて帰宅し始めました。

田んぼから湧き立つようにたくさんの赤トンボが飛んでいました。

大谷さんは1人黙々と稲を刈っていきます。

作業が終盤にさしかかる頃には夕日が海に沈み始めました。
あたりは夕陽に照らされて、美しい風景が広がっていました。

彼はそんな風景には目もくれず、一心にコンバインを走らせ、轟音を立てながら稲を呑み込んでいきます。

すると、稲についていた虫たちが田んぼの下で爆裂したかのように飛び上がります。

空にはおびただしい数の赤とんぼが舞っていました。

佐渡の田んぼには本当に生きものがたくさんいます。
田んぼはお米をつくる場所。
だけど、大谷さんのように農家が田んぼで稲を育てるから、そこで生まれ、育つ命があるのです。
目に見えない無数の小さい虫たち、空を舞うトンボやツバメ、そして…トキ。
土、水、稲、生きもの、そして、人。
どれかが足りなくても、どれも成り立たない、1つの世界なのだと感じます。

空も海も、稲穂も、辺り一面が、夕陽の光線を受けてまばやく輝いていました。

空を舞う多くの赤とんぼがキラキラ、キラキラと星のようにまたたきながら、命を燃やしていました。
まるで、大谷さんを祝福しているようでした。

稲刈りが終わりました。

長年の田んぼの仕事、大変お疲れさまでした。

大谷さんは長年の間、なぜ農業を続けてきたのでしょうか?改まって聞いてみると、こんな話をしていただきました。

血豆ができた大谷さんの足のツメ

自然と向き合いながら、ひたむきに働いてきた大谷さんが語る農業のありようには大きな説得力がありました。
たった1人から始まったトキの小さな活動が、真摯な心で粘り強く取り組むことで、たくさんの人の心をゆり動かし、大きな力へとかえていきました。
そこには地域で助け合って土地や文化を守ってきた人たちのたくましい精神が常にありました。だからこそ、実現できた物語だったのではないでしょうか。

大谷さんのすばらしい生き方は、トキの放鳥につながっただけではなく、地域で暮らすことの意味や農業の価値を私たちに教えてくれているようです。

長年続けてきた米づくりはこれで終わりとなりましたが、幸い、彼が守ってきた田んぼは来年からは集落の人たちに受け継がれるそうです。

農業が生き甲斐という大谷さん。
来年からはみかんや梨などの果樹栽培に本腰を入れて取り組みます。
もちろん、トキカメラマンも。

トキと翔る大谷さんの飽くなき挑戦はまだまだ続きます!

今回の物語はこれにて終わりです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

お知らせ
『トキとカメラと農業を生きがいに』(前編・後編)を読んで事務局に感想を寄せていただいた方の中から抽選8名の方に大谷明さんの新米コシヒカリ(精米)2kgずつをプレゼントさせていただきます。感想や応援の言葉を400字以上で書いて電子メールで送ってください。手書きのお手紙でもお受けできます。いただいたお便りは大谷さんにお届けさせていただきます。ただし、抽選の対象者は佐渡トキファンクラブの会員に限らせていただきます。もちろん、新規入会も大歓迎です。
締切は2024年12月15日。郵便は当日消印有効。たくさんのお便りをお待ちしております。

宛先・お問い合わせ先
メール:info(at)sadotoki.jp
 ※(at)の部分を@に変えてから送信ください。
電話:070-2020-9341
(10~17時、土日祝可、番号非通知の着信はできません)

注意

小野見の棚田は観光地ではありません。私有地が多く、道幅もせまく、農耕用の車の往来が多いため、部外者の立ち入りは危険です。無断で棚田や山道・農道に入らないようにしましょう。

 文・写真・動画:服部謙次(佐渡トキファンクラブ事務局)

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