私が田んぼを守る理由―農業ではなく農として

~知られざる佐渡の人とトキと農の物語~
佐渡市長・渡辺竜五さん
(市長インタビュー企画・後編)

 稲作にはさまざまな機械の投資が必要になります。そういったものにお金を払っていくと手元にはなかなかお金が残りませんね。わが家の農業は完全に赤字です。

 それでも私が農業を続けるのは、自分から与えられた先祖代々のものをなくさず維持していきたいという気持ちが大きいです。せめて自分の代は維持していこう、あとは子供がついでくれればいいというくらいで考えています。先祖のために労働力を提供するくらいはいいだろうというくらいで割り切っています。

 そうですね。親父にとっては、自らの営みが孫の代まで続いていっている、その様子をみることが、とてもうれしいんだろうなと思います。

 私自身も稲作は親父のためにやっているようなところはあります。「親父の生きがいをとったらいけないな」と。こうやって、農業をやっていれば、その次には自分の生きがいになっていきます。親父の生きがいをとったらいけないから、自分も忙しいけれど、手伝って、息子にもやれと言っています。

 そして、最後には自分の生きがいになり、そのときは、息子もしょうがない、親父がやりたいならしょうがねえなあという話になるだろうと思います。この手の話はわが家だけではなく、佐渡の多くの農家も同じではないでしょうか。そうやって条件の悪い農地をなんとか守ってきているのです。それが棚田の農業の現実ですよね。お米を生産して販売する、単なる経済活動としてだけで考えたら、まったく採算に合わないから、アホくさくて到底やっていられません。

 私が農業を続ける意味は、もう1つそこにもあります。
 自分の田んぼで働く気持ちよさというのがとても大きいのです。「働く」というのは正確ではないかもしれません。「生活」みたいなものでしょうか。

 あそこの空間で何かをするという気持ちよさというのは、物事を損得で考えている人にはわからないと思います。山の田んぼに出かけて、1人でのんびりと畦の草を刈りながら過ごしていると、ふと気づくと、トキが頭の上を飛んでいったりします。


 そして、海もみえます。そこに棚田の風が吹いてきて、また、それを浴びながら農作業をしていると、最高に気持ちがいいですね。損得ではなく、自分の心と体の健康のためになります。気持ちがボワっとして、あれこれ考えていた嫌なことも忘れられます。最高の時間ですね。

 私の農業の先生は宇根豊さんです。彼は「農業ではなく、農だ」とおっしゃいました(注2)。「農業」と考えるから損得がうまれるのだと。この話は最初に聞いたときは違和感を持ちましたが、自分で農作業をやればやるほど彼の言うとおりだなと気づいたのです。とても深い世界です。棚田の農作業はとても効率が悪いですが、そこでお米を作るのは「農業」じゃない、「農」なのだという発想を持てたことで世界が広がりました。

注2 宇根豊・・・福岡県の農家・思想家。全国に先駆けて減農薬運動を展開した。「農業」は農作物を栽培して生計を立てること、「農」は、生きるために作物を育て恵みを得ること。

 4~5年前から私たちの田んぼにもトキが来るようになりました。それから春には毎年来てくれています。初めて自分の田んぼに来たときはやっぱり驚きました。トキは国中(島の中央部)や小佐渡(南東部)では頻繁に見られますが、相川などの大佐渡方面(島の北西部)にはあまり来ていなかったからです。正直、こんな所にもトキが来た、トキって本当に来るんだなと思いました。けれど、うちの田んぼにも生きものはいっぱいいいます。さすがトキは見る目があるねえ!と思いましたね(笑)


 トキを支えているのは消費者の皆さんです。トキのことを学んで情報を発信していただいたり、トキの米を選んで食べていただいたり、そういうさまざまな行動で佐渡にかかわってくれることが、トキの再生の大きな力になり、地域への大きな貢献となります。引き続き、応援をお願いします。

お知らせ
『渡辺市長インタビュー企画』の前・中・後編を読んで事務局に感想を寄せていただいた方の中から抽選5名の方にJA佐渡『朱鷺と暮らす郷づくりコシヒカリ』(精米)2kgをプレゼントします。ただし、現在米が品薄となっているため、当選者への発送は、2025年産の新米の入荷後(10月下旬以降)となります。感想や応援の言葉を200字以上で書いて電子メールで送ってください。手書きのお手紙でもお受けできます。いただいたお便りは渡辺市長やご家族にお届けします。ただし、抽選の対象者は佐渡トキファンクラブの会員に限らせていただきます。もちろん、新規入会も大歓迎です(年会費・入会費無料)。締切2025年7月27日。郵便は当日消印有効。たくさんのお便りをお待ちしております。

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メール:info(at)sadotoki.jp
 ※(at)の部分を@に変えてから送信ください。
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(10~17時、土日祝可、番号非通知の着信はできません)

 

 今回の取材で渡辺家の田植えを撮影していると、現場で思わぬアクシデントが発生しました。一体何が起こったのでしょう?そして、その時、渡辺市長は!?

(写真・聞き手:服部謙次)